春の季語は、桜だけではありません。季語とは、俳句や手紙のあいさつ文に使われる特定の季節を表す言葉です。春の季語は、寒さの中にも春の陽気や自然の色づきなど、季節とともに移り変わる美しい風景を想像させる言葉が多くあります。このコラムでは、美しい春の季語やその季語を使った俳句をまとめています。
目次
季語は季節を表す言葉
季語は、俳句や連歌、俳諧などを詠む際に使われる季節と結びつく語句のことです。そのなかで俳句は、日本固有の短い詩で、季語を入れた17音の五・七・五から成り立っています。
以下は有名な俳句とその俳句の作者、使われている季語です。
- 「山路来て 何やらゆかし すみれ草」(作者は松尾芭蕉、季語はすみれ草)
- 「菜の花や 月は東に 日は西に」(作者は与謝蕪村、季語は菜の花)
- 「雪とけて 村いっぱいの 子どもかな」(作者は小林一茶、季語は雪どけ)
俳句や連歌以外にも、ビジネスメールや改まった手紙の冒頭に「時候の挨拶」という、季節をあらわす言葉として季語を用います。「拝啓(はいけい)」という言葉のあとに、「~の候(こう)」や「~のころとなりました」などとつなげて使用するのが一般的です。
日本語のメールの書き方やポイントについては「日本語のメールの書き方を詳しく解説!【挨拶文・注意点・例文】」「日本語であいさつをしよう!状況別に使い方を紹介」のコラムにもまとめています。
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春を通して使われる美しい季語
春の明るく穏やかな気候を表す春の季語は、花が咲いたり山や木々などの自然が色鮮やかになっていったりと、生き物たちが活発に動き始める様子を表現している語句が多くあります。春の季語は、華やかで美しい風景を思い浮かべる季語が多いといえるでしょう。ここでは、春全体を通じて使われる美しい季語を紹介します。
遅日(ちじつ)
遅日は、春の日の暮れが遅いことを表します。
実際は日が一番長く、暮れが遅いのは「夏至」です。しかし、最も日暮れが遅い冬から徐々に日が差している時間が増え始める春の日の暮れは、特に遅く感じることから春を表す季語になります。日の長さから春の訪れを待ちわびる様子が想像できる美しい季語です。
似たような春の季語である「日永(ひなが)」は、昼の時間が伸びてきたことを意味します。夏のほうが日が長いが、冬は日中の時間が特に短いため、春は日が長く感じられるからです。「遅日」の逆の視点を表す語句といえます。
山笑ふ
山笑うは、草木が芽吹き、花が咲き鳥のさえずる華やかな春の山を表現した春の季語です。
冬の間、山の木々の葉は落ちてしまいますが、春になると一斉に新芽を出して、花を咲かせたり緑が鮮やかになり、まるで生き生きとしています。その様子を擬人化した「山笑う」は、中国の画家「郭煕(かくき)」が著した書物の一節「郭煕画譜(かくきがふ)」が由来です。
春以外にもそれぞれの季節の山を表現する言葉として、「山滴る(夏)」「山粧う(秋)」「山眠る(冬)」という季語もあります。
春雨
春雨は、こまやかに降りつづく春の雨のことです。
激しい雨のことではなく、しとしとと静かに降り続く雨のことを意味します。「春雨」を用いた俳句には、雨が降ることで木や花の芽がふくらみ、生き物達が活発に動き出す様子を表した俳句が多いでしょう。
日本の四季や特徴について知りたい方は「日本の季節や気候を解説!行事や伝統色についても」「日本の四季の特徴や魅力を知ろう!海外との違いも解説」のコラムにもまとめているので、ぜひご覧ください。
2月に使われる美しい春の季語
まだ寒さが残る2月ですが、暦の上では節分の翌日の立春から春です。俳句において2月は「初春」と呼ばれ、厳しい寒さや冷たさの中に、少しずつ春を感じられるような季語が多く使われるのが特徴といえるでしょう。ここでは、2月に使われる美しい季語とその季語が使われている俳句についてまとめています。
魚氷に上る(うおひにのぼる)
気温が暖かくなり始めると池や川に張った氷に割れ目が生じ、その割れ目から魚が踊り出て氷に上るという意味です。
「魚氷に上る」は、七十二候(日本の一年を72等分した気候)の一つで、大体2月10日~19日ころとされています。次第に氷も溶け始め、氷の下から魚たちが泳いでいる姿を見れるでしょう。春の訪れを表す季語です。
- 「氷に上る 魚木に登る 童かな」(作者は鷹羽狩行)
春浅し(はるあさし)
「春浅し」は、春になりきっていない様子を表した季語です。
春になって間もない、立春のころを意味します。立春は暦上では春ですが、実際には寒い日が続きます。しかし、梅の花が咲き始めたり少しずつ日差しの暖かさを感じられたりする時期でもあるでしょう。寒さの中にも春を感じられる様子を表した美しい季語といえます。
- 「白き皿に 絵の具を 溶けば春浅し」(作者は夏目漱石)
獺魚を祭る(かわうそうおをまつる)
「獺」とは動物のカワウソです。初春の時期にカワウソが魚を捕まえて、すぐには食べずに岸に並べておく様子が、祭や先祖へお供えをしているように見えたことから春の季語になりました。
古来から日本では、神様やご先祖を敬い、食べ物やお酒、花を綺麗に並べてお供えする風習があります。日本人の風習と可愛らしいカワウソの様子とを重ね合わせて作られた「獺魚を祭る」は、神様や先祖を大切にしてきた人々の思いを感じる美しい春の季語といえるでしょう。
- 「獺の 祭見て来よ 瀬田の奥」(作者は松尾芭蕉)
なお、この言葉が転じて、人間がさまざまな書物や文献を並べている様子のことを「獺祭(だっさい)」と表現します。俳句の名人である正岡子規は、書斎に書物を並べていることが多かったので、自らを「獺祭書屋主人(だっさいしょおくしゅじん)」と呼んでいたようです。
春めく(はるめく)
「春めく」は、「春が近づいている様子」を意味する初春の季語です。
寒さが厳しい冬の終わりが近づくにつれて、日に日に温かい日差しが注ぎ、春が近づいていると感じられるでしょう。「春めく」は、気温が暖かくなり色鮮やかに変化していく花や山、木の緑といった冬から春への季節の変化を感じさせる美しい季語といえます。
- 「春めくや 藪ありて雪 ありて雪」(作者は小林一茶)
薄氷(うすらい)
「薄氷」は、日差しを浴びると溶けてしまうような薄い氷や、暖かくなって溶け残った薄い氷のことです。ほかにも「春の氷」「残り氷」とも呼ばれます。春先の氷は、冬の氷と比較して薄く割れやすいです。淡く儚い印象を抱かせる美しい季語です。
- せりせりと薄氷杖のなすままに(作成は山口誓子)
なお、俳句に使う際は「はくひょう」ではなく「うすらい」「うすごおり」と読むのが一般的です。
春の行事やイベントについては「日本の春の行事といえば?春に行われるイベントや行事食を紹介」、日本の春の気候については「日本の春の気候やおすすめの食べ物とは?桜の名所も紹介」にもまとめています。
3月に使われる美しい春の季語
3月は寒さもゆるみ、春の暖かさを感じる日が増えるでしょう。一般的には春がようやく始まる時期ですが、3月は俳句において春の半ばを意味する「仲春」と呼ばれます。仲春は、風や雨、雪など自然を感じる季語が多く使われるのが特徴です。ここでは、3月に使われる美しい季語とその俳句を紹介します。
龍天に登る(りゅうてんにのぼる)
「龍天に登る」は、春分の日を表す季語です。
雨と日照りを自由自在に操ると考えられていた龍が、春分のころに水中から天に登り恵みの雨を降らせ、水田を潤したという伝説に由来します。想像上の生き物である龍が天空に登って田畑に恵みの雨を降らす、美しい光景を思い浮かべる春の季語です。
- 「竜天に 登ると見えて 沖暗し」(作者は伊藤松宇)
一方、秋の季語として「龍淵に潜む (りゅうふちにひそむ)」があります。これは、秋分のころには龍は役割を終えたように深い水の中に戻り、春まで眠りにつくとされていたことが由来です。
貝寄風(かいよせ)
「貝寄風」は陰暦二月二十日前後に吹く西風です。
元々は大阪四天王寺で行われる精霊会の舞台に立てる供養の造花を、浜に吹き寄せられた貝殻で作ったことが由来とされています。この時期に吹く風が強風で、多くの貝が浜に集まる様子を表している言葉です。春の海の波打ち際に集められた貝を表す美しい季語といえるでしょう。
- 「貝寄する 風の手じなや 若の浦」(作者は松尾芭蕉)
彼岸(ひがん)
「彼岸」は、春分の日の前後三日間を意味します。
お彼岸は日本独自の仏教的慣習で、元々は仏教の悟りを開くための修行を行う期間でした。現在では、お墓参りや法要などを行って先祖を敬う期間です。「暑さ寒さも彼岸まで」といわれるように、このころには寒さも和らぎます。春を感じながら、先祖への感謝や祈りを願う人々が目に浮かぶような季語です。
- 「草餅を 売り尽したる 彼岸かな」(作者は正岡子規)
彼岸は春と秋の2回ありますが、俳句において「彼岸」は春の季語です。一方、秋の彼岸は、俳句では「秋彼岸」と表します。
啓蟄(けいちつ)
土中で冬ごもりをしていた生き物たちが目覚めることを「啓蟄(けいちつ)」といいます。
「啓」は開くという意味で、「蟄」は冬眠していた虫のことです。一般的には虫だけでなく、冬眠をしていた蛙や蛇などの爬虫類も含まれます。春の暖かさに誘われて、生き物たちが顔を出す春らしい様子を思い浮かべる季語です。
- 「啓蟄を 啣へて(くわえて)雀 とびにけり」(作者は川端茅舎)
雪解(ゆきどけ)
「雪解」は、春になって雪がとけることです。
春の暖かい日差しが積もった雪をとかします。木々や草花、建物の上にあった雪がとけて、日の光によって水滴が輝く様子を感じる美しい季語です。
- 「雪解けや 竹はね返る 日の表」(作者は正岡子規)
ほかにも、「雪解」がつく春の季語として「雪解雨」という語句があります。降り積もった雪をとかすように降る雨のことです。雪解雨は、立春の時期に手紙やメールの挨拶言葉としても用いられます。
この時期は種蒔きや苗の植え付けなどが始まるシーズンです。和食について知りたい方は「日本の食文化「和食」とは?特徴や文化の違いについても紹介」「和食とは何か?定義や食事のマナーを簡単に分かりやすく解説!」のコラムでもまとめています。
4月に使われる美しい春の季語
4月はいよいよ春本番を迎えます。気候も一層暖かくなり、山々の緑色が濃くなる季節です。4月は俳句において春の終盤を意味する「晩春」と呼ばれます。晩春は、初夏に向かっていく季節であり、春の暖かさを感じる季語が多く使われているのが特徴です。ここでは、4月に使われる美しい季語とその季語を使った俳句を紹介します。
花冷え(はなびえ)
桜が咲いたにも関わらず、急に寒さが戻ることを「花冷え」といいます。
春特有の気候といわれ、3月下旬~4月上旬に使われる春の季語です。一方似たような春の季語で「春寒」という語句があります。春寒は、立春以降のまだ春になって間もない頃にぶり返す寒さのことです。花冷えは、桜が咲いた短い期間にだけ使われる美しい季語といえます。
- 「花冷に 欅はけぶる 月夜かな」(作者は渡辺水巴)
「花冷え」は、手紙やメールを書く時の季節の挨拶言葉にも使う季語です。「花冷えの日が続いておりますが、いかがお過ごしでしょうか。」「花冷えの季節、体調を崩されませんよう願っております。」のように使用します。
苗代(なわしろ)
「苗代」は田植えの前に、稲の種を蒔いて苗を育てる水田のことです。
立春から数えて88日目の八十八夜前後に種を蒔いたことから春の季語とされています。現在は稲の苗は育苗箱で育てた後に水田に植えますが、その昔、苗を水田で育てていました。短くて細い稲の苗が生え揃って色鮮やかな緑色をしています。美しい色彩を連想できる季語でしょう。
- 「苗代や 鞍馬の桜 ちりにけり」(作者は与謝蕪村)
花曇(はなぐもり)
桜が咲く頃の曇り空を「花曇」といいます。
桜が開花する3月下旬~4月中旬ころに使われる春の季語です。雲が低く暗い空ではなく、薄い雲が空全体を覆う程度の明るい曇り空を意味します。桜が咲いている時期だけに使われる、幻想的な風景を思い浮かべる美しい季語です。
- 「降るとまで 人には見せて 花曇」(作者は井上井月)
「花曇」は季節の挨拶言葉にも使われます。例えばビジネスでは「拝啓 花曇りの候、貴社におかれましては、ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。」のように使います。花曇という季語を手紙やメールで使う場合は、桜が咲いている時期に使うのが一般的です。
菜種梅雨(なたねつゆ)
「菜種梅雨」は、菜の花の見ごろを迎える時期に降る長雨のことです。
梅雨のように長期間続く雨ではなく、3月下旬~4月ころにしとしとと降る雨を意味します。黄色い菜の花が咲いているところに、雨が降っている風情を感じるような美しい季語といえるでしょう。
- 「亡き父が 見ゆざわざわと 菜種梅雨」(作者は中拓夫)
菜種梅雨は別名「催花雨(さいかう)」とも呼ばれます。雨により桜や菜の花など、春の花を咲かせること促す雨という意味が由来です。
初虹(はつにじ)
春雨の後に現れる虹のことを「初虹」といい、春の季語です。
冬の間は大気が乾燥しているので、虹は出にくいとされています。春の虹は最初は淡くて消えやすいですが、初夏になるにつれ次第にくっきりとした綺麗な虹が見られるようになるようです。春の雨上がりの空に虹が架かる光景を思い浮かぶ美しい季語でしょう。
- 「初虹の 初雪よりも 消えやすき」(作者は正岡子規)
俳句において、「虹」は夏の季語です。虹を使った春の季語は「初虹」や「春の虹」という形で詠まれます。
「日本語の雨の種類の名前は?一覧や使い方、天気に関することわざも!」のコラムでは日本の雨の呼び方について紹介しています。また、春から夏へ季節が変わる時に降る梅雨については「梅雨とはどんな時期?服装や過ごし方を紹介」でもまとめています。
まとめ
季語とは俳句や手紙に使われる、季節を表すための言葉です。春の季語は寒さの中にも春の訪れや暖かさ、花や緑などの自然の色づきを意味する言葉が多く、季節とともに移り変わる美しい風景を想像させます。また、希望や新たな始まりを象徴する言葉が多く、春を待ちわびる人々の様子を連想する言葉が多いのが特徴です。
春の季語を知ることで、季節を敏感に捉える繊細さや日本語の表現の奥深さを感じられるでしょう。