これから日本で働こうとする人のなかには、「社会保険は日本人だけ入るの?」「年金は支払わなくてはいけないの?」と思う人もいるでしょう。社会保険の加入対象は国籍で区別されていません。外国人労働者も社会保険に加入し、必要なときに保障や給付を受けられます。
このコラムでは、外国人労働者に向けて日本の社会保険制度を解説。納得して社会保険料を納められるよう、受けられる給付や制度の目的を知りましょう。
目次
日本の社会保険制度の仕組み
日本の社会保障の一つに「社会保険制度」があります。これは、国民があらかじめ社会保険料を支払うことで、病気や要介護、失業時などに必要なお金やサービスを受けられる制度です。日本の社会保険には「医療保険」「年金保険」「雇用保険」「労災保険」「介護保険」の5つの種類があります。加入条件に国籍は関係ありません。外国人労働者も就業状況や年齢などにあわせ、ふさわしい社会保険に加入します。なお、日本では会社員が加入する「健康保険」と「厚生年金保険」だけを指して社会保険ということもあるので、手続きや日本人との会話の際は意味の捉え違いに注意しましょう。
外国人労働者のなかには、「怪我や病気に備えて医療保険には入りたい」でも「年金保険は将来帰国予定だから払いたくない」という方もいるようです。しかし、医療保険と年金保険はセットになっており、どちらか一方に加入することはできません。受け取れるかわからない年金を納めるのに抵抗がある方は、後述する「脱退一時金制度」を活用してみましょう。
外国人労働者は、社会保険料のほかに税金も正しく納める必要があります。「日本の税金の種類や控除とは?外国人に対する課税について解説」では外国人が納める税金について解説しているので、参考にしてください。
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外国人労働者が加入する社会保険
ここでは、外国人労働者が加入する5つの社会保険について解説します。年齢や働く企業の区分、働き方によって加入する種類が異なるので、自分がどの社会保険に加入すべきなのかを確かめてみましょう。
健康を害したときに役立つ医療保険
「健康保険」「船員保険」「共済組合」「国民健康保険」をまとめて医療保険といいます。船員保険は船舶保有者、共済組合は公務員や教職員が対象なので、外国人労働者の多くは「健康保険」か「国民健康保険」のどちらかに加入することになるでしょう。医療保険は、医療機関で診察や治療を受ける際に一部の費用の給付が受けられる制度です。保険医療機関では、診療費の3割(一部の人は2割)のみを支払えば、保険診療を受けられます。
このほかの受けられる給付の例は以下のとおりです。
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高額医療費:医療費が高額な場合に自己負担の限度額を超えた金額が払い戻される
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海外療養費:海外旅行中や海外赴任中に病気やケガで治療を受けた場合、一部医療費が払い戻される
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訪問看護療養費:訪問看護を受ける際に、基本利用料以外の費用が支給される
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出産育児一時金:1児ごとに42万円が支給される(お腹のなかにいた日数が44週以上の場合)
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埋葬料(費):加入者が死亡した場合、埋葬に掛かる費用が支給される
上記は医療保険から受けられる給付の一部です。このほかにも、病気や怪我による困難に直面したときに、生活の安心を守るためのさまざまな給付があります。
外国人労働者が加入する医療保険【健康保険】
会社勤めの外国人労働者の多くは「健康保険」に加入します。健康保険適用事業所で働く正社員や正社員の4分の3以上働く外国人労働者は、健康保険に必ず加入しなくてはなりません。健康保険には中小企業の従業員が加入する「全国健康保険協会(協会けんぽ)」と大企業の従業員が加入する「健康保険組合(組合健保)」があります。
健康保険適用事業所の条件は以下のとおりです。
1.以下の事業を行い、常時5人以上の従業員を使用する事業所
製造業/土木建築業/鉱業/電気ガス事業/運送業/清掃業/物品販売業/金融保険業/保管賃貸業/媒介周旋業/集金案内広告業/教育研究調査業/医療保険業/通信報道業
2.常時従業員を使用する国や地方公共団体、法人の事業所
3.厚生労働大臣の許可を受けた事業所(任意適用事業所)
健康保険料は労働者と企業で半分ずつ支払う仕組みで、労働者が支払う分は毎月の給与から天引きされるのが一般的です。なお、健康保険の加入条件は2022年4月の「年金制度改正法」により、さらに広い範囲に段階的に拡大されます。パートやアルバイトで働く外国人労働者は、自分が加入条件に当てはまるのかよく確認しましょう。
外国人労働者が加入する医療保険「国民健康保険」
自営業や勤め先が健康保険の加入対象でない外国人労働者は、市町村が運営する国民健康保険への加入が必要です。企業を通して納付する健康保険とは違い、国民健康保険は自分で市町村に納付します。納付期限をしっかり管理し、漏れのないようにしましょう。
働けなくなったときの生活を支える年金保険
働けなくなったときの生活を保障してくれるのが、年金保険制度です。老後の生活を保障する「老齢年金」が有名ですが、障害を負ったときに支給される「障害年金」や被保険者が死亡したときに家族に支給される「遺族年金」という種類もあります。
日本に住んでいる20歳以上60歳未満の方は、外国人労働者も含め全員が「国民年金保険」の加入対象です。そのうえで、先述した健康保険の加入資格がある方は「厚生年金保険」にも加入します。そのため、厚生年金加入者が老齢年金を受け取る際は2種類の年金の合計金額を受け取ることが可能です。なお、老齢年金を受け取るには、10年以上年金保険に加入している必要があります。
仕事が原因で怪我や病気をしたら給付される労災保険
労災保険は、企業に雇用されているすべての労働者が加入対象で、保険料は全額企業が負担します。労災保険の給付を受けられるのは、仕事や通勤が原因で怪我や病気、あるいは死亡に至った場合です。具体的には、以下の種類の給付が受けられます。
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療養(補償)給付:労働災害により医療機関で療養を受けるときに給付される
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休業(補償)給付:労働災害により賃金を受け取れないとき(1年6ヶ月以上治癒せず傷病等級に該当する生涯が残ったときは傷病補償年金が給付される)
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障害(補償)給付:労働災害により障害等級8級から14級に概要する身体障害が残ったときは一時金、1級から7級に該当する障害が残ったときは障害年金が支給される
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介護(補償)給付:労働災害により傷病(補償)年金や障害(補償)年金を受給しており、介護が必要な場合に支給される
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遺族(補償)給付:労働者が業務中や通勤中に死亡した場合、遺族の数等に応じて年金が支給される。年金を受け取る資格のある遺族がいない場合は、特定の範囲の遺族に一時金が支給される
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葬祭給付:労働者が死亡したときの葬儀に掛かる費用の一部が支給される
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二次健康等給付:職場の定期検診などで異常が認められた場合、二次健康診断や脳や心臓の病気を予防する特定保健指導を受けられる
労災事故を起こすと負担する保険料が高くなるため、企業によっては従業員の怪我や病気を労働災害と認めない場合もあります。その際は労働基準監督署に労災申請の相談をして、しかるべき対応を取りましょう。
失業時の生活を安定させ再就職を促進させる雇用保険
雇用保険では、失業手当を受給したり再就職の支援を受けられたりします。加入対象者は1週間の所定労働時間が20時間以上で、31日以上の雇用が見込まれる労働者です。雇用保険料は労働者より事業主のほうが多く納めますが、保険料の計算に用いられる雇用保険料率は毎年変わります。
雇用保険の失業等給付の種類は、「求職者給付」「就職促進給付」「教育訓練給付」「雇用継続給付」の4つです。
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求職者給付:加入者が失業した場合、生活を安定させ求職活動の支援をすることを目的に「基本手当(通称:失業手当)」「技能習得手当」などが支給される
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就職促進給付:早期の安定した再就職を促すため「再就職手当」「就業促進定着手当」「就業手当」「常用就職支度手当」が給付される
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教育訓練給付:厚生労働省の指定する教育訓練を終了した加入者に、受講費用の一部が支給される
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雇用継続給付:働く人の職業生活の継続サポートを目的に「高年齢雇用継続給付」「育児休業給付」「介護休業給付」が支給される
なお、雇用保険は労災保険とあわせて「労働保険」と呼ばれます。
高齢になったときに利用できる介護保険
外国人労働者が高齢になり、介護サービスを利用するときは介護保険を利用します。給付を受けられる対象者は「65歳以上で要支援・要介護状態の方」もしくは「40歳から64歳までの医療保険加入者で、老化が原因で支援や介護が必要になった方」です。
40歳以上の労働者は、健康保険料や国民健康保険料と一緒に介護保険料を納付します。65歳以上の年金受給者は、年金から自動的に介護保険料が引かれる仕組みです。
介護保険の給付対象者は、以下の介護サービスを1~3割の自己負担で受けられます。
【自宅で利用できるサービス】
訪問介護/訪問看護/福祉用具貸与
【日帰りで施設を利用するサービス】
通所介護(デイサービス)/通所リハビリテーション(デイケア)
【宿泊するサービス】
短期入所生活介護(ショートステイ)
【居住系・施設系サービス】
特定施設入居者生活介護/特別養護老人ホーム/介護老人保健施設
【そのほかのサービス】
小規模多機能型居宅介護/定期巡回・随時対応型訪問介護看護
なお、介護保険は限度額が決まっており、要介護が上がるにつれ受けられる給付の金額も大きくなります。
「外国人に向けて日本の年金制度を解説!社会保障協定と脱退一時金も紹介」のコラムでは、社会保険のなかでも年金保険に焦点を当てて詳しく解説しています。
参照元 厚生労働省「労働基準情報:労災補償」 「介護保険制度の概要」
外国人労働者の年金の二重負担を防ぐ社会保障協定
外国人労働者や海外で働く日本人の年金二重負担や加入期間の分散を防ぐために、日本は各国と社会保障協定を締結しています。
海外の事業所から派遣された外国人労働者は、制度上住んでいる国の社会保障制度に加入します。そのため、自国と居住国の年金保険料を二重に負担しなければなりませんでした。また、日本の年金保険料を支払っていても、10年以上加入していないと年金受給に繋がらないため、なかなか受給要件を満たせない問題もあったのです。このような外国人労働者や海外で働く日本人の不利益をなくすため、社会保障協定を締結した国同士では「どちらか一方の社会保障協定に加入すれば良い」「年金の加入期間を両国で調節する」という協定が結ばれました。
日本と社会保障協定を発効済の国は以下のとおりです。
ドイツ/イギリス/韓国/アメリカ/ベルギー/フランス/カナダ/オーストラリア/オランダ/チェコ/スペイン/アイルランド/ブラジル/スイス/ハンガリー/インド/ルクセンブルク/フィリピン/スロバキア/中国
イタリアは社会保障協定に署名済ですが、2022年6月時点では発効されていません。また、イギリスと韓国、イタリア(署名済未発効)、中国との協定内容は保険料の二重負担防止のみです。詳しい協定の内容は国ごとに異なるので、しっかり確認しておきましょう。
参照元 日本年金機構「社会保障協定」
外国人労働者の年金が払い戻される脱退一時金制度
脱退一時金とは、一定期間日本で年金を納めていたものの、受給の要件を満たす前に帰国した外国人のための制度です。出国後2年間であれば、納めた年金の一部が請求できます。以下の条件に当てはまる外国人は、年金を納めていた期間から算出された金額を請求可能です。
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日本国籍を有していない
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厚生年金や国民年金の被保険者ではない
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年金を納めていた期間が6ヶ月以上ある
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老齢年金の受給資格(10年間の年金納付)を満たしていない
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日本国内に住所がない
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障害年金などの年金を受け取る権利を有したことがない
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最後に公的年金制度の被保険者資格を喪失した日から2年以上経過していない
なお、脱退一時金の計算方法は加入していた年金保険の種類や加入期間、加入していた年度によって異なります。出国から2年を過ぎたら請求資格がなくなってしまうので、帰国後できるだけ早く申請を行いましょう。
脱退一時金や社会保障協定については、「社会保険の加入は外国人も対象!脱退一時金や社会保障協定の仕組みを解説」のコラムも参考にしてください。
参照元 日本年金機構「脱退一時金の制度」
まとめ
外国人労働者も、日本人と同じように社会保険に加入する必要があります。日本の社会保険は、すべての日本に住む人が安心して暮らせるように作られた制度です。帰国予定のある外国人が不利益を受けないための制度もあるので適宜活用し、正しく社会保険料を納めましょう。