「無常」という日本語を、耳にしたことがある方もいるでしょう。しかし、詳しい意味までは分からない方も多いのではないでしょうか。無情は「この世に変わらないものはない」という意味の言葉です。仏教の基本的な教えであり、日本人の価値観に深く根付いています。
このコラムでは、無常の意味を解説。間違えやすい「無情」との意味の違いも解説しています。内容を参考にして、日本語についての知識をさらに深めましょう。
目次
ピックアップ記事
無常の意味
無常(むじょう)は、「一定ではない」「続かない」「変化していく」などの意味がある仏教用語です。人生のはかなさを表現した言葉で、英訳すると「Nothing is forever immutable in this world.」や「 I feel the transience of human life.」が当てはまります。
仏教の世界には、「この世のすべての物体・現象」の意味のある諸行(しょぎょう)と無常が合わさった、「諸行無常(しょぎょうむじょう)」という言葉があります。諸行無常は、「すべてのものは変化するものだから、執着せずあるがままを受け入れよう」といった、仏教の根本的な教えを表現する言葉です。
人間は、生きているとどうしても「永遠にこのままでいたい」「変わりたくない」「失うのが怖い」といった気持ちが生まれます。しかし、世の中のすべてのものは変わっていくことが運命付けられているのです。その決まりを理解しありのままを受け入れられれば、執着から開放され心が安らかになります。「老い」「死」「別れ」「亡失」など、逃れられない事柄にとらわれずに生きることを説いた教えが「諸行無常」です。
無常という言葉を日本に広めた仏教については、「仏教とは?基本的な教えやお釈迦さまの伝説を外国人へ分かりやすく解説」でより詳しく取り上げています。ぜひあわせてご覧ください。
「無常」が出てくる古典文学
日本の古典文学には仏教思想が反映された作品があり、しばしば「無常」が出てきます。ここでは、作品の概要を紹介するので、興味のある方は実際に読んで無常の空気感を感じてみてください。
平家物語
『平家物語(へいけものがたり)』は、鎌倉時代の武士一族である平家一門の繁栄と衰退を書いた作者不明の軍記(歴史上の戦いが題材の物語)です。作中では、平(たいら)姓を名乗る平氏と源(みなもと)姓を名乗る源氏の戦いが描かれています。「保元の乱」や「平治の乱」の戦いを経て政治のトップに立った平家一門が、のちに「壇ノ浦の戦い」で源氏に破れ滅んでいくむなしさは、まさに諸行無常といえるでしょう。
平家物語の冒頭には「祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)の鐘の声、諸行無常(しょぎょうむじょう)の響きあり」の一文があります。これは、インドにある仏教徒の聖地である「祇園精舎」で響く鐘の音には、この世のすべてのものは移ろいでいくというむなしさを感じさせる響きがあるという意味です。
方丈記
平安~鎌倉時代の歌人・随筆家である鴨長明(かものちょうめい)が書いた『方丈記(ほうじょうき)』も、無常の価値観を感じさせる作品の一つです。『方丈記』は現代でいうエッセイに当たる随筆作品で、日々の体験や思いが自由に書かれています。
『方丈記』が書かれたとされる1212年ごろは、武家によって鎌倉幕府が開かれたり自然災害が起きたりと、騒乱の時代でした。そのような混乱のなかで、鴨長明は世の中に無常の思想を感じるようになっていったのです。作品全体からは鴨長明がたどり着いた無常の境地を感じられるでしょう。
徒然草
『徒然草(つれづれぐさ)』は、吉田兼好(よしだけんこう)が鎌倉時代末期に書いた随筆です。争いの続く時代のなかで自由な生き方を望んだ吉田兼好は、30歳ごろに出家し僧になることを選びます。静かに暮らしながら日々書き溜めていた散文をまとめたのが、『徒然草』です。
作中に漂う無常観は、『平家物語』や『方丈記』とは少し異なります。鴨長明は、無常の価値観を「諦め」ではなく、「いずれ変わってしまうのだから、今このときを精一杯生きよう」とポジティブな考え方として説いています。
無常と無情は全く違う意味なので注意
無常と混在しがちな言葉に「無情」があります。無情は、思いやりや情け心がないことやその様子を意味する言葉です。無常とは全く違う意味を持つ言葉ですが、読み方が一緒なので、日本人でも間違えて覚えている人がいます。使い方は「あの人は無情にも病気の母を見捨てた」「無情にもこれが最後の試合だ」などです。なお、仏教用語として、感情がない草花や土などを指すときに「無情」を使う場合もあります。
発音は同じなので、会話のなかでは特に意識しなくても問題ありません。ただし、文字にするときに間違えないように注意しましょう。
無常と反対の意味や似た意味を持つ言葉
ここでは、無常の類義語や対義語を紹介します。
【対義語】常住
無常と反対の意味を持つ言葉は「常住(じょうじゅう)」です。「変化をせずつねに存在する」との意味を持つ仏教用語で、「永遠」とも捉えられます。また、現在では、つねに住んでいる状態を表すときにも使われ、統計資料などにも出てくる言葉です。
【類義語】流転
無常と似た意味の言葉には「流転(るてん・りゅうてん)」があります。物事の移り変わりを表す点では無常と同じ意味ですが、流転は主に生命が生まれ、死んでいくことの繰り返しに焦点を当てている言葉です。
仏教の世界には、「六道四生(りくどうししょう)」の考え方があります。「六道」は命あるものが自分の業(ごう)によって生まれ変わる6つの世界のことです。「四生」は、六道で生まれ変わるときの生命体の種類を指します。
人が六道のなかで生まれ変わりを繰り返しながらさまようことを表現した言葉が「流転輪廻(るてんりんね)」です。
以下で六道と四生、それぞれの意味を説明しました。
【六道】
- 地獄道(じごくどう)…罪人が罪を償うための世界
- 餓鬼道(がきどう)…卑しい行いをした人が行く、飢えと渇きの世界
- 畜生道(ちくしょうどう)…恨みを持ちながら死んだ人の世界
- 修羅道(しゅらどう)…つねに争いのある世界
- 人間道(にんげんどう)…人間の世界
- 天道(てんどう)…天人が住む、迷いや苦しみが限りなく少ない世界
【四生】
- 胎生(たいしょう)…母胎から生まれる人を含む動物
- 卵生…(らんしょう)…卵から生まれる生物
- 湿生…(しっしょう)…湿気の多いところで生まれる魚やカエル、ヘビ
- 化生…(けしょう)…突然生まれるもの
仏教の世界では、命あるものは死んでも消滅することなく、生まれ変わりを繰り返していくと考えられています。
無常の意味を知ると日本人の価値観が分かる
無常の意味を深く知ることは、日本人の価値観を理解することに繋がります。日本人は、特に信仰している宗教がないという人も少なくありません。しかし、生活や年中行事、思想には仏教が深く根付いています。その仏教の根本的な教えである「無常」は、日本人の価値観そのものといえるでしょう。
日本は、古くから台風や地震などの自然災害が起こりやすい国です。自分達には到底コントロールできない自然の猛威を前に、以前あった生活や財産に執着せず、流れに身を任せて生きていく考え方が根付いていきました。
日本人の価値観をより深く理解したい方は、「日本の文化をまとめて一覧で紹介!独自の価値観や海外との違いも解説」もチェックしてみてください。日本独特の文化から見えてくる日本人独自の価値観についてご紹介しているコラムです。
まとめ
無常は、物事はとどまり続けることなく移ろいでいくという意味の仏教用語です。日本人であれば仏教徒ではなくても、心の奥にある価値観といえます。無常の意味を知ることで、日本人の生き方や感性を理解するのに役立つでしょう。