日本庭園や神社仏閣など、趣があり美しい様子を日本では「わびさび」と表現します。ほかの言語に翻訳するのが難しいため、海外でも「Wabi‐Sabi」で表現される日本独特の概念です。しかし、意味や使い方をわかりやすく説明できる人はあまりいません。
この記事では、説明するのが難しい日本独特の美意識であるわびさびについて解説します。また、体感できる日本文化や観光名所、海外での捉えられ方や美意識などについても紹介。わびさびの意味を理解し、感じてみましょう。
目次
- 日本独特の美意識「わびさび」の意味とは
- わびさびには「不完全さ」が重要
- わびさびは「侘び」と「寂び」が合わさった言葉
- わびさびの使い方とは
- わびさびを感じられる日本文化
- 実際にわびさびを体感できる観光名所5選
- 海外の美意識とわびさびの捉えられ方
- まとめ
日本独特の美意識「わびさび」の意味とは
「わびさび」とは、質素で物静かな様子の中で感じられる美しさを表す言葉です。また、貧困や孤独の中でも心を満たそうとする意識そのものを表現することもあります。つまり、わびさびとは本来であれば避けたい・遠ざけたいような状態の中にしか存在しない美しさを表すのです。
たとえば、質素で静かな空間はリラックスするには最適ですが、ずっと過ごしていると退屈に感じるでしょう。しかし、昔の日本人はそんな環境の中にこそ、美しさを見出していました。年月の経過による劣化や環境の変化に目を向け、どのようなものでもいつかは変わってしまう儚さに思いをはせていたのです。
飾り気がなく慎ましい様子は現代日本でも美しいと考えられており、わびさびは日本人の価値観に大きな影響を与えているといえます。
わびさびの美意識を感じられる日本文化の一つが、「盆栽(bonsai)」です。「bonsai(盆栽)の魅力とは?おすすめの観光スポットも紹介!」では、盆栽の魅力や歴史を解説しています。日本で盆栽を鑑賞できる観光スポットもまとめているので、興味がある方はぜひチェックしてください。
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わびさびには「不完全さ」が重要
日本独特の概念であるわびさびには、何かが欠けていたり不均一だったりする不完全さが重要です。完全に整ってはいない様子は、人々に想像の余地を残します。
たとえば、日本には月を鑑賞する行事があります。きれいに見える満月はもちろん、三日月や雲や霞に一部が隠れている月も美しいとされ、愛でられる対象です。不完全な様子から、満月や丸くなるまでの時間の経過に思いを巡らせて楽しみます。
傷一つなく完全に整っている様子は、歴史やそれ以上の成長を想像するのが難しいもの。不完全であるからこそ、複雑さや味わいを感じさせるのです。
日本特有の価値観や概念は、行事と密接に結びついています。「日本の年中行事や伝統行事を一覧で解説!特別な日の風習や行事食とは?」ではさまざまな行事を紹介しているので、ぜひご一読ください。
わびさびは「侘び」と「寂び」が合わさった言葉
日本独特の美意識を表すわびさびは、「侘び(わび)」と「寂び(さび)」という2つの言葉が合わさった日本語です。それぞれ異なる意味を持つ言葉ですが、現代ではひとまとめに、わびさびと表現される傾向にあります。
「侘び」の意味とは
「侘び」には、「気落ちする」「あれこれ考えて困り苦しむ」「悲しみに嘆き暮れる」などの意味があります。もともとは心身にとって良くない状態を表す言葉でした。
しかし、次第に「満たされていないからこそ、生まれる美しさもある」という一つの美意識へと変わっていきます。侘びには、「貧しく満たされない状態だとしても、物事を心から楽しもう」というポジティブな精神が込められているのです。
侘びは、古くは日本最古の歌集『万葉集』にも使われています。室町時代には、質素な茶道具を使い静寂さを重んじる「侘び茶(わびちゃ)」という茶道の楽しみ方も生まれました。侘び茶の第一人者である茶人、千利休(せんのりきゅう)は、茶道とともに侘びの概念を普及させ、人々に新たな美意識を浸透させたともいわれています。
「寂び」の意味とは
「寂び」とは、ひっそりとした静けさの中の、奥深く豊かな美を表す言葉です。たとえば、年月が経過して金属の表面に現れた錆(さび)や苔むした岩などから感じられる味わいや歴史を寂びと表現します。
英語では、郷愁や哀愁を意味する「nostalgie」「nostalgia」が、寂びの概念と近いでしょう。昔の日本人は、汚れたり人の手が入らなくなったりして外側が錆びれると、本質的な美しさがあらわになると考えたのです。
日本の神社仏閣や歴史的な遺物、古美術品などを鑑賞するときは、背景にある時間の流れも意識してみましょう。
日本には、わびさびのほかにも独自の価値観や文化が多数存在します。「日本独自の文化をまとめて一覧で紹介!西洋との大きな違いとは?」では、日本と西洋の文化の違いをまとめているので、あわせてご覧ください。
わびさびの使い方とは
わびさびの意味を完璧に理解して使っている人は、日本人でもそう多くありません。どのような状況で使えるのか、例文から学ぶことをおすすめします。
「何百年もの歴史を誇るこの神社の鳥居は、根元に苔の色が染みついていて非常にわびさびを感じられる」
「静かな日本庭園にししおどしの音が響き渡るたびに、わびさびを感じる」
「年季の入った古美術品は、わびさびが感じられて素晴らしい」
わびさびは感覚的な概念です。本人が「慎ましさが美しい」「時間の流れが良い味を出している」と感じたのであれば、例文に限らずどんなものでも「わびさびがある」と表現できます。使いこなすためには前段で述べた定義を理解したうえで、身の回りのものに対する感受性を高めることが大切です。
わびさびの歴史
わびさびは中国の宋の時代に、道教から生まれた概念だといわれています。この概念は、「禁欲的に慎ましく、美しさを愛でる考えまたは方法」を意味していました。
中国から日本にわびさびが伝わったのは奈良時代です。16世紀半ばごろ日本に定着し始めました。人々に侘びの魅力を気づかせたのが茶人の村田珠光(むらたじゅこう)や千利休(せんのりきゅう)などです。「華美でなくても、手触りや繊細な色遣いにも美しさがある」と質素な美の魅力を説きました。この感覚が市民の価値観と一致し、広まっていったのです。
わびさびの象徴的存在だった千利休は、やがて豊臣秀吉に切腹を命じられます。
その後、徳川家康が政権を握るようになると、わびさびと茶道は日本人の生活に浸透しました。
現代でも、枯山水(かれさんすい)と呼ばれる庭園や俳句、工芸品などからわびさびを感じ取れます。
わびさびを感じられる日本文化
わびさびは日本に伝来して以降、禅や仏教にも取り入れられながら浸透していき、独自の変化を遂げていきました。発祥は中国であるものの、日本独特の美意識を表す言葉として「わびさび(Wabi-Sabi)」は世界中に広まっていったのです。
日本文化とわびさびは密接な関係性にあります。ここではわびさびが感じられる日本文化を紹介するので、興味がある方はぜひチェックしてみてください。
茶道
先述したように、茶道の様式の一つに質素な茶道具を使う「侘び茶」があります。侘び茶が広まったのは室町時代中期以降です。それまでは華やかな唐(現在の中国)の茶器を収集し、美術品として鑑賞する「茶の湯」が主流でした。
侘び茶を日本に広めた千利休は、現代にも続く茶道のルーツを作った第一人者で、侘びの精神を重んじていた人物です。千利休や村田珠光の教えにより人々は侘びの素晴らしさに気づき、日本の備前焼や信楽焼の茶器や質素な茶道具を使い始めました。なお、現代の茶道では、華やかな茶器も質素な茶器も茶会の趣向に応じて使われています。
侘びの精神が感じられる茶道具は、美術館や博物館でも鑑賞できるので、興味がある方は足を運んでみましょう。
俳句
世界的に有名な詩人の松尾芭蕉(まつおばしょう)が詠んだ俳句は、わびさびの中でも特に寂びが感じられます。
「古池や蛙(かわず)飛び込む水の音」
「閑(しずか)さや岩にしみ入る蝉の声」
上記の俳句はどちらも松尾芭蕉の俳句です。ひっそりとした静寂の中で聞こえる水音、蝉の声以外の音がしない情景など、わびさびを感じるシーンが思い浮かぶでしょう。松尾芭蕉が生きていた江戸時代前期は華やかな俳句が人気だったため、趣が全く異なる彼の作品は多くの人々に衝撃を与えました。
日本庭園
池を中心に土地の起伏を活かした庭造りを行い、疑似的な自然を生み出す日本庭園はわびさびを感じさせる美しい日本文化です。
石・砂・岩を活用し、水を使わずに水流を表現する枯山水は日本庭園の様式の一つで、主に禅宗の寺院で見られます。枯山水は、日本庭園には必要不可欠とされている水を使わないことで、わびさびにとって重要な要素の不完全さを生み出しているのです。
神社仏閣
わびさびが感じられる日本の建築物として、建立された当時の姿を残している神社仏閣が挙げられます。経年劣化による色落ちや損傷からは、建築物が経てきた歴史を感じられるでしょう。長い年月に渡り大事にされてきた神社仏閣には、傷一つない美しさとはまた違った味わいや趣が感じられます。
日本にはわびさびを感じさせる伝統文化がたくさんあります。「日本の伝統文化といえば何がある?継承への取り組みについても解説」では多彩な日本の伝統文化をまとめているので、ぜひチェックしてみてください。伝統的な日本文化を体験したい方や旅行のプランを立てている人にも、おすすめです。
実際にわびさびを体感できる観光名所5選
ここでは、わびさびを体感できる日本庭園や寺院などの観光名所を5つ紹介します。
1.清澄庭園(東京都)
「清澄庭園(きよすみていえん)」は、都指定名勝に定められている庭園です。名勝とは景観やその趣が優れており、昔から名所として知られていたり、芸術的または学術的に高い価値があったりする景色や風景などを指します。江戸時代に屋敷があった土地を、明治時代に入り実業家・岩崎弥太郎が日本庭園として整えました。
3つの中島がある大きな池の周辺には、日本全国から集めた名石を置いています。池の端にある石は、上を歩くと一歩ごとに変化していく景色が楽しめるよう配置されているのが特徴です。枯山水や石を組み合わせて滝を表現した「枯滝」は、実際にはない水の流れを感じさせ、わびさびを体感できるでしょう。
2.龍安寺(京都府)
引用:大雲山 龍安寺
1994年にユネスコ世界文化遺産に登録された「龍安寺(りょうあんじ)」も、わびさびを感じさせる観光名所です。
龍安寺にある枯山水の「方丈庭園(ほうじょうていえん)」は、石と白砂で島々と海を表しています。大小15個ある石は、どの方角から見ても14個しか見えないように配置されていることで有名です。すべての石が見えないことからは、不完全を良しとするわびさびの美意識が感じられます。石や白砂を見ながら、海の景色や波の音を想像するのもおすすめです。
3.西芳寺(京都府)
引用:西芳寺|苔寺
国の特別名勝および史跡に指定されている「西芳寺(さいほうじ)」は、苔の美しさで有名です。ユネスコの世界文化遺産「古都京都の文化財」の一つにも登録されています。
35,000㎡にもおよぶ庭園には120種類以上もの苔が生えており、「苔寺」とも呼ばれます。1200年もの歴史があり、同じく京都府にある金閣寺・銀閣寺などの庭園のモデルになったといわれている庭園です。境内一面を覆っている苔を眺めると、微妙な色彩の違いを味わったり、成長にかかった時間の長さにわびさびを感じたりできるでしょう。
4.金剛峯寺(和歌山県)
「金剛峯寺(こんごうぶじ)」にある枯山水の庭園「蟠龍庭(ばんりゅうてい)」は、2,340㎡もの広さがあり国内最大規模です。白砂が敷き詰められており、標高が高い場所から雲を見下ろした際に海のように見える現象「雲海」を表現しています。白砂の中には、一対の龍に見立てた岩が配置されているのも特徴です。
白砂と岩という限られた素材から雲海や龍まで想像させる手法には、わびさびが感じられるといえます。
5.高源寺(兵庫県)
紅葉で有名な「高源寺(こうげんじ)」も、わびさびを体感したいときにおすすめの観光名所です。
日本人は、広葉樹の葉が赤や黄色に色付く現象である紅葉にも、わびさびを感じてきました。虫に喰われていたりさまざまな色合いがあったりする葉からは、儚さや自然の美しさが感じられます。
高源寺の紅葉の始まる時期は10月中旬から下旬にかけてです。11月上旬には、寺院一帯が赤や黄色の葉に彩られます。紅葉した葉が散る様子を見ながら、静かさや時の流れを感じるのも良いでしょう。
海外の美意識とわびさびの捉えられ方
近年、わびさびは海外でも知られるようになってきました。日本独特の概念であるわびさびは、海外の美意識と大きく異なります。理解を深めたい方は、西洋文化との違いを勉強してみるのがおすすめです。
西洋文化とは対極の美意識
西洋と日本の美意識の違いは、それぞれの庭園の作り方に表れています。たとえば、フランスのパリ郊外にある「ヴェルサイユ庭園」は、大きな噴水を中心に左右対称になるよう設置された木々が美しく魅力的です。
一方、日本の京都府にある「桂離宮(かつらりきゅう)」は、周囲の自然との調和を意識したナチュラルな美しさが魅力といえます。
日本の庭園の池には噴水の代わりにししおどしが見られ、水の使い方にも違いがあります。庭園に見られる様式の違いは、西洋と日本の生活環境や美意識の違いから生まれたのでしょう。
西洋では近未来的で合理性があり、完全なものを美しいと考える傾向にあります。そのため、不完全な美を好む日本のわびさびは、西洋文化とは対極の考えです。
そのまま「Wabi-Sabi」と表現される
ほとんどの人にとって、わびさびの意味を簡単に説明したり言語化したりするのは困難です。感覚的にこの言葉を使っている人も多いため、ときにはニュアンスが異なる場合もあります。明確な定義がないためほかの言語への翻訳も難しく、海外でもそのまま「Wabi-Sabi」と表現されているのです。
わびさびは西洋にはない興味深い価値観として捉えられることも。ヨーロッパではわびさびの精神を生活に取り入れようとする人もいます。
日本庭園や古美術品、風景などを鑑賞し「うまく言い表せないけど、なんとなく日本ならではの美しさを感じる」というときは、わびさびと表現してみましょう。
まとめ
わびさびは、日本独特の美意識を表す日本語です。明確な定義がなく、ほかの言語に翻訳するのが難しいため、海外でもそのまま「Wabi-Sabi」で通じます。さまざまなニュアンスが含まれた言葉であり、わかりやすく説明するのが難しい日本語です。しかし、日本文化に触れるうちに概念や意味、使い方を理解できるでしょう。
日本庭園を訪れたり茶道の体験をしたりして、わびさびの意味を学んでみるのもおすすめです。